■ おまけ ■
最終日は父兄以外の一般客へも内部が公開される日ではあったが、一応は 招待券を持っていることが来場への条件となっており。知り合いがいなくて貰えなかったというお人は、受付で免許証やら学生証やら身分証を提示していただくか、入場票へ住所と連絡先の電話番号と氏名を記入していただくことになっており。
「さすがはお嬢様の学校だねぇ。」
「うんうん、厳重なんだねぇ。」
イギリスかフランスの貴族のお城のそれのような、手入れの行き届いた広々とした庭の向こうには。それもやはりゴシックだかいう雰囲気の、格調高い建物が校舎として居並んでいて。そんな中を進んでゆけば、落ち着いていて品のいい、着こなしも上品な制服姿の女学生らが、いらっしゃいませだの、ごきげんようだのと、それは丁寧にご挨拶して下さるのへと出迎えられて。
「どちらへ行かれますか? ご案内致します。」
合奏や演劇は講堂でございます。校舎の中にも楽しいアトラクションのお部屋が多数ございますし、グラウンドでは美味しい模擬店が揃っております、と。天使のように朗らかにご紹介下さり、さぁさどうぞと広い敷地の中で迷子にならぬようにとの態勢も万全で。
「ちょっと早く来すぎたかねぇ。」
馴染みのお嬢さんたちの、学校での晴れ舞台を観にと。ありがたいことにはお店のお留守番の手配までしていただいてのやって来ていたのが、あの駅ビルで商店街を開いておいでだった、おじさまやおばさま、お兄さんらのご一行。早くても何だが、夕方に食い込むのもどうかということで、昼下がりの14時開幕とされていたガールズバンドのステージは、敷地内の奥向きにしつらえられてあった、野外音楽堂というなかなか趣きのある施設にて催されるとかで。まだ十分に緑の多い木立に取り巻かれたそこ、石作りのステージと、それを同心円状に取り巻く座席という屋外の舞台へ集まりつつあったのは、在校生だろ制服姿の女の子らが大半だったが。何の何の、あの駅前の半地下ステージでのご贔屓さんだったクチらしき、私服の若者らの姿も見えたし。小学生か中学生かという年頃の子らも紛れ込んでのにぎやかさ。そうこうするうち、楽器のチューニングの音がして、聴衆らが席へと着き始め。音響や進行を担当するのだろ、いかにも学校の催しらしいジャージ姿の女の子らが、舞台上のアンプや何やへのチェックを務めていたのが引っ込むと。
【 お待たせしました。
4's ガールズバンドの特別ライブ、ただ今より開演です。】
アナウンスの終わりに重なって、ドラムのスティックで刻まれるカウント。それが号砲の代わりとなって、3、2、1、そらと、ベースとボーカル、2本のギターの奏でる旋律が場内へとすべり出す。ギターを抱えてステージへ飛び出して来たのは、片やショートカット、片や長いめのストレートという両極端な髪形をした二人のギタリストで。ダブルのボタンに詰襟タイプの、微妙に軍服のようでもあるジャケットには、肩章を模した実は学園の校章というメダリオンで組み紐とショールを襟のところで留めており。細っこい身体へ斜めがけされているそれが、軽快に跳ねるたびヒラリとひるがえることでフェミニンな印象を醸し。それ以上に足元の、腿の半分ほどしか覆わぬタータンチェックのプリーツスカートという組み合わせなのが、何とも闊達で可愛らしい。何とか練習が間に合ったのか、日頃はサキソフォン担当だったツインテールのきぃちゃんも、今日はギターを抱えてて。それでも最初はパートが少ないか、もっぱら歌のほうが担当なご様子。初日のOGの皆様が既に演奏した、懐メロ系の楽曲は少なめに。その分、アニソンを多用して、ビートの利いたダンサブルな曲やら、今風の随分と早口な歌詞を演奏と同時に見事歌い切る妙をご披露すれば。お嬢様たちの嗜好ともさほど外れずにウケたらしくて、頭上へ手を挙げての手拍子やら、いけいけGOGOと腕を振ってくれるやら。CMやドラマの競合曲として話題だった曲を3曲ほど続けざまに演奏し、そこでやっとのご挨拶。
「こんにちはっ。
一年○組の……じゃあなくて。
4's ガールズバンドのボーカル担当、サッチです。」
もうちょっとで出席番号つきの本名での自己紹介になるとこだったと、小さく舌を出したショートカットの少女のお茶目なご挨拶に場内がどっと沸き。続きましてと、メンバーが次々に紹介されてゆき。そこで次の曲に入るのかと思いきや、舞台の後方、それもスピーカーかと思われていた大きな装置から白い布が取り払われると、現れ出たのは劇場のスクリーンですかと思えたほどもの巨大なモニター。そこへと映し出されたは、今もステージに立っている彼女らで。それが駆け回ったり屋根の上で立ち往生していたりという、ミニドラマを演じておいで。コミカルな展開に時々沸いてた場内だったが、凶悪なギャングに追い詰められ始めた展開には、徐々に緊迫が高まって。ところがところが、
【 そこまでですわ。こんの卑怯者たち。】
画面いっぱいに映し出されたのは、伝説の赤いモップをぶん回しながら登場した、金髪のミニスカ美少女で。それが誰かを重々知っているお嬢様たちが、一気にきゃあぁああっと熱狂して………。
―― さあ、最高のセッションが始まるよ?
◇◇
シークレットライブは熱狂のうちに終わった。3日目最終日、一般公開日の演目だったので、駅前で練習していた少女らのファンが多かった客席だったものが、飛び入りしたのが例の3人娘だったこと、在校生へすさまじく受け。メールで知らされた少女らがあちこちからどんどんと集まり、しまいには広かった場内に立ち見が出るほどの満員状態。演者の頭数が増えた余裕で、アニソンからロックにとポップな曲とそれからそれから。伏し目がちになってのそれは麗しく、久蔵殿がご披露したバイオリン伴奏により、優雅でムーディなバラードや情熱のソブレも加わりの。伸びやかなお声でひなげしさんがどんな曲でも歌いこなしの、更には…まさかまさかの白百合様まで。エレキギターを器用に奏でて、舞台の端から端までを駆け回りのしたことで、そりゃあもうもう華やかなステージになったし。要所要所では本来の主役らがきっちりと魅せる演奏をし、曲を引き締めたので、大人の皆様へも聴きごたえのある、中身の濃いライブになったはず。
「お疲れさまでしたっ!」
「ありがとうございましたっ!」
アンコール曲も3曲も演奏してから、やっとのこと引き揚げたのが2時間半後という、結構な長丁場の公演は、演奏に立ってた七人のみならず、スタッフの皆様にも感動を呼んだようで。成功の感動に涙ぐむ子もいる中で、お疲れ様、大成功だよとの声が飛び交い。オレンジジュースやコーラでの乾杯をしてから、さて。後片付けは明日の土曜に回すとして、今日は打ち上げだとならず、もういいお時間ですからお開きに致しましょう…となってしまうところが さぁすがはお嬢様たちだったりし。
「…………。」
「? どうした?久蔵。」
昨日に続いて今日の公演も観に来てくれた兵庫せんせえが、送ってやるからと回してくれた車に乗り込みつつ。ふと、何かに想いが飛びかけたらしい紅バラさんだったものの、
「〜〜〜〜。(なんでもないない。)」
気の迷いだと自分でもかぶりを振った先、学園周辺の交通整理にと駆り出されていた警備会社のガードマンさんの制服が、昨日の奇妙な偽お巡りさんとダブって見えただけ。こちらさんは似ても似つかぬ、まだ大学生くらいのお兄さんだったのだが、それを取り違えた彼女だったのじゃあなくて、
“…どこかで逢ったことがあったような?”
いやいや、まさかね。あんなマニアックな悪戯をして面白がるような、幼稚なストーカーもどきの悪趣味な男に知り合いはいないと。結構辛辣な存在にまで、既に格下げしたおしている“犯人”のことなんて、今更 思い出しても詮無いと。ちょっぴり疲れた痩躯を助手席のシートへ沈めれば、
「着いたら起こすから、少し寝ているといい。」
「……。(頷)」
気に入りの伸びやかな声がそうと告げ、いい匂いのするジャケットを胸元から足元までへと掛けてもらって。3日連続で張り切ったお嬢様、ことりと静かに夢の中…。
「じゃあ、シチさん勘兵衛殿、おやすみなさい。」
ご近所なのでと、それでも迎えに来てくれた五郎兵衛殿と、一応は肩を並べての徒歩での帰宅を決めたひなげしさんこと平八へ。また明日ねと手を振った七郎次も、こちらもやはり…昨日だけじゃなく今宵も来てくれた勘兵衛が、家まで車で送ってくれるそうなので。着替えや荷物を詰めたちょっぴり大きめのバッグをトランクへ積んでもらってから、当人は慣れた様子でセダンの助手席へと座を占める。すぐの間近になるとはいえ、わざわざ見やらねば視線は飛ばない真横に並ぶのと、一応は運転へ集中する勘兵衛なのでと、やっとのこと、この随分な至近という位置にも慣れて来た七郎次であり。
「…………勘兵衛様。」
「んん?」
「今日はわざわざありがとうございました。」
昨日いらしたから、逢えたから まあ・いっかなんて。今日はお見えにならずともと、実はどこかで諦める準備をしていたのだ。だって本当にお忙しい人だもの。凶悪な事件は勘兵衛や七郎次の行いに関係なく起きるものだし、その辣腕をいろいろな方面から頼りにされている勘兵衛様だから。自分のような女子高生がただの我儘で振り回してはいけないと。健気にも思い込もうと、思い切ろうとしていたんだのにね。ちょっぴり弾けてた様子には、戸惑ってか驚いてか、時折困ったようなお顔で微笑っておいでなの、ステージからも見えており。微妙に世代が異なる大人の勘兵衛様だから、演奏の半分以上が聴いたことのない歌ばかりだったはずだろに。それでも呆れないまま最後まで見ていってくれたんだと、それが嬉しくてしょうがない。寒くはないかと、こちらは気の早い、若しくは積みっ放しだったかという薄手のコートを、ブランケット代わりに掛けてくださり。そのついでに、
「……相変わらず、短いスカートをはいておるのだな。」
あらら?
意外や意外、こちらの装いにご意見くださるなんてと、お顔ごとそちらを向けば。ギア操作を仕掛かっていた手を止めて、んんんっといかにもな咳払いをしてから、
「儂だけが眸にする訳ではないから、案じておるのだ。」
「…………あ。」
そっか、そういうことかと。思わぬ虚を突かれたような気がしたものの、そのままついつい口元がほころぶのは、大事にされているんだとか、もしかして焼き餅でしょうかと思ったからで。なのに…どうしてだろか微妙に口惜しくもあったのは、そんな何てことない一言で、こうもあっさりと揺さぶられる自分だったのを実感したから。
―― あ〜あ、アタシって素直じゃないのだなぁ、と。
例えば、ゴロさんへ熟女たちが関心持つのへと妬いちゃった平八や、兵庫せんせえに“いい子いい子”と髪を撫でられるだけで、そりゃあ幸せそうにお顔がほころぶ久蔵とは、えらい違いで可愛げがないなと思ってしまったものの。
知らぬは本人ばかりなり。
今回のお話の中でも、そりゃああちこちで。そのひなげしさんや紅バラさんが呆れたほど、ご自分もまた勘兵衛殿のお姿やら所作やらへ ぽうと魂抜かれていたお人だったのにね。ほんに、ヲトメ心とは複雑で厄介な代物であるらしいですねと。ここいらではさすがにもう赤く色づいていたミヅキの葉っぱが、通りかかったセダンの足元で、黄昏どきの風の中、踊るように舞っていた。
〜どさくさ・どっとはらい〜 10.11.05.〜11.12.
*お付き合いのほどお疲れさまでした。
今回はさほどにドカバキしてない、お嬢様たちです。
いやいや、これが普通なんだって。(苦笑)
めーるふぉーむvv


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